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sugar pot : 音楽に触れる

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音楽に触れる

2004年10月16日(土) コメント:0 トラックバック:0

さまざまな音楽に触れる機会というのは意外に少ない。

広く浅くではあるけれども、私がさまざまな音楽に触れてこられたのは、音楽そのものではなく、映画や美術・演劇などによるところが大きい。



リゲディを映画『2001年宇宙の旅』で知ったというのは既に書いたが、エリック・サティを実際に聴いたのは、日本で大々的に流行る数年前、ルイ・マルの映画『鬼火』だった。そしてサティを知ったきっかけはマルセル=デュシャンと、ブライアン・イーノのアンビエントミュージックだった。

私は音楽に造詣が深いわけでもないし、ただ心地よい音楽に身を任せているだけなのだが、比較的いろんな音楽に親しんでいると思う。そしてたとえば現代音楽にしても、こういう出会いなので、現代音楽だの何派だのといううんちくとはまったくフリーに親しむことができたのはラッキーだった。

いろんな音楽に出会った割に、クラシックと呼ばれる音楽が身近でなかったののはなぜだろう?と考えたとき、思いついたのは「鑑賞」の時間である。

音楽の授業の「鑑賞」の時間はたまらなくつまらなかった。私はピアノを習っていたこともあったし、合唱部で歌も歌っていたし、音楽の時間は好きだった。が、鑑賞の時間といったら息を潜めて時間が通り過ぎるのを待つだけだった。そういうイメージだけが残っていて聴いた音楽に関しては殆ど残っていない。

むしろ、たとえば小学校のとき、放送部で新しい番組を考え、そのテーマミュージックに不思議な感じがするのがいいとあれこれ探して『牧神の午後への前奏曲』を選んだ、そんな体験が頭に浮かぶ。『牧神の午後への前奏曲』は未だに好きな曲である。

あるいは、クラブ活動の器楽部でアコーディオンで演奏した『アルルの女/ファランドール』。好きなのは第3楽章であるが、それだってファランドールがなければ、出会っていなかったかもしれない。

実際に何かで触れたり演奏したりする方がずっと心に残って、音楽好きにするのではと思う。強制的に聴かせる牢獄(敢えて言う。)のような状況では、好きになるものも興味を失ってしまうのではないか。

実際、退屈だと思っていた曲の数々が、後に映画や演劇などで触れて、あるいは何かの機会に耳にして、七色に彩り輝いて耳に入ってくる、という経験を沢山した。

断言する。あの鑑賞の時間がまだあるとしたら、学校教育はせっせとクラシック嫌いを製造していることになる。すてきな音楽から私を切り離したにっくき音楽の授業よ!

まぁ、遅ればせながらも大人になってから聴くようにもなった。まだもう少しあると思われる人生、これから心地よいものに出会っていきたいと思う。

スタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』
『2001年宇宙の旅』(サウンドトラック)
ルイ・マル『鬼火』
チッコリーニ『ザ・ベスト・オブ・サティ』
ブライアン・イーノ『ディスクリート・ミュージック』※イーノの曲は誰もが一度は聴いたことがあるはず。windowsのオープニングの効果音ね。


#9
カテゴリ:004 音楽

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