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sugar pot : 「善意」が利用されないために。

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「善意」が利用されないために。

2006年11月13日(月) コメント:0 トラックバック:0

「転載記事」をスパムとあげつらった理由

ウェブログの管理人が自分の意志で自分のブログに転載しているわけで、誰にも迷惑をかけていないといえばいえる。少なくともスパムメールのたぐいとは性質が異なるのではないだろうか。

Something Orange:とりあえず何か行動をしたという錯覚は、とりあえずしないほうが良いという話より

筆者はネットには他にも無意味で無価値な文章がいくらでもあるわけで、べつにいいんじゃないの と書いておられます。「無意味で無価値な文章がいくらでもある」のは否定しません。問題にしたいのは「転載」という行為です。


ぼくの経験からいえば、リンクを張ったところで全読者の1割~2割程度しか飛んでくれないので、それが本当に読まれるに足りる文章であるなら、転載することは無意味ではないと思う。

それならなおのこと、「リンク先をクリックしてみよう」と思わせる文章を書くことが強調されねばなりません。「自分の言葉を綴ることができる」ブログというツールを手に取りながら、「転載」という行為に走るのは自らその利点を放棄するようなものです。

どんな内容であったとしても、同じ内容の、誰が書いたか分かりにくい「転載」というシステムで、ウェブのたとえ一部であるにせよ、 リソースを占めるのは迷惑です。アーカイブならアーカイブと認識しますが、別のひとのブログにまったく同じ文章があり、そこに新たな視点も意見も感想も何も見られないのなら、その問題に関心をもち、いろんな意見を読もうとしたひとの手間と時間を奪うことになります(もっとも、賢い読者なら、その回避は簡単にできますが、検索にも山のように引っかかってくるため、「効率」が下がります)。

これを認めてしまうと、今なら「あなたの善意の転載で自殺予告の子供を救って下さい!!」と「『水からの伝言』を信じないでください」であふれてしまうんじゃない?

「引用」というものがあります。「引用」には要件があり、その中には「主従関係にあること」というのがありますが、「転載」には「従」すらありません。「ひとの言葉をまるまる写し取る」ことが、「肯定」の意味をなし「主張」であるとするのでしょうか。「他人の言葉」を自分の主張とすることを、そう簡単に受け入れて、良いものでしょうか。

今回、「善意」で元記事を「転載」したひとたちの記事を「スパム(迷惑行為)」と書くことは、「ネガティヴな言葉で相手を責めることは相手を[受け入れにくい態勢]にしてしまうためけっして良い方法ではない」ため、ためらわれましたが、「善意の結果がよいことをまねく訳ではない」ことを伝えたいために、敢えて強烈な言葉を用いたこともあります。

「善意」が利用されないために

「ひねくれた大人」だからそんなことが言えるんだ、今日明日にもひとりの子どもが死んでしまうかもしれないんだぞ、という批判には、その想像力を別の方向につかってください、とお願いしておきます。

では、どこにつかえば良いか。

自分の「善意」が自分が善と考える方向に向けられるかどうか、に想像力をつかいませんか。残念ながら、世の中には「善意」を利用しようとするひとがたくさん居ます。悪意がある場合もあれば、そのひと自身、「善意」と信じてやっているという場合すらあります。

いずれにせよ、「他人の言葉」を「何となくよさげ」と無批判に受け入れることで、「善意」が利用される可能性は高まります。少なくとも、「いったん飲み込み、咀嚼し、自分の言葉で語ろうとする」ことは、そうしたことへの予防になるのではないですか。

今回のケースでいえば、コメント欄やトラックバック欄を見る限り、タイトルの「あなたの善意の転載で自殺予告の子供を救って下さい!!」に即反応し、その中身まで吟味されているとは思いがたいものも少なくありません。言ってみれば、無批判無邪気であるがゆえに、元記事のスパム行為のお鉢を担がされた格好 になっているのではないでしょうか。さらに、これだけ広まると、筆者が「本当に問題」としている無邪気な「善意」が、他者に対して抑圧的に働くこともあるように思います。「ひとの命がかかっているのに「転載」しないなんて」といった風潮。あるかないかは分かりませんが、元記事の筆者が「数」に重きを置きこれだけの数の善意と何度も表現しているところに、「抑圧的な力」がはたらかないとも言えません。 誰にも迷惑をかけていないで済むものではないと思います。

#639
カテゴリ:101 インターネット(www)

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