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sugar pot : 辰巳渚「もう一度『捨てる!』技術 『メンテナンス』の方法」

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辰巳渚「もう一度『捨てる!』技術 『メンテナンス』の方法」

2005年10月28日(金) コメント:0 トラックバック:0

私は、「捨てられない・片付けられない女」である。当ブログのカテゴリをご覧いただければ一目瞭然。整理しなければと思いつつ、未だにとっちらかっている。パソコンのデスクトップも、恥ずかしくてひとさまには見せられない。

「盥(たらい)一杯の水で身をきれいにする美徳」[1]を良しとは思えど、けしてそれを実践できない。家には物があふれている。

が、「すっきりした暮らし」に憧れるのもまた事実である。この手の「捨てる」をテーマにした本があるのは知っていた。が、今までは横目に通り過ぎていた。今回手にしたのは、「そろそろヤバイぞぉ~」という心の声が、奥底にあったのだろう。私は、既に私の部屋のキャパシティを越える「モノ」に、いや、「私のキャパシティ」を越える「モノ」に、私自身が侵蝕されているのを感じていた。


辰巳渚「もう一度「捨てる!」技術 「メンテナンス」の方法」(宝島社文庫)

本を読むまで、「捨てる」技術、とあったので、私の中にはおしゃれなファッション雑誌などに出てくる、「生活感のない」空間をいかに作り維持していくか、ということが書かれているのだと思っていた。あるいは、「清貧」を地で行くような生活。どちらも、私の現在の生活には絶対に馴染まない空間である。そんな「境地」へ私は達することができるのか。


ところが、ここに書かれているのは、そういうことではなかった。「生活感をなくし、虫のように(というのは私のイメージ)生きる」暮らしぶりをするのではない。むしろ、「よりよく生活するために」どう「物を持つ」か、ということが書かれていた。

物を活かし、情報を活かし、情報を活かす。そして楽しむ。そこにあるのは、「自分自身が物の価値を決める」暮らしぶりである。リサイクルが良いとされているから、闇雲に何でも再活用するのではない、捨てるところでは捨て、自らが価値があるものだけを楽しみながら使い続け、長く活かしていく。牛乳パック工作のような「廃物利用の知恵」は「物のポテンシャル(潜在能力)を引き出す」ことにはならない、と言う著者は、安くあげることだけが良いのではないと考える(むしろそれを良しとしない)し、1シーズンだけの衣料というものの存在も認める。

「一律に定められたルールを戒律のようにありがたがり、それにのっとって自らを禁欲的な生活に追い込む」のではなく、「本当に自分に必要なもの、好きなもの、心地良いものを厳選して、その結果、物を活かした暮らし」。今更ながら、かっこいい。

「メンテナンスが大事だ」と著者は言う。考えてみれば、家でも、メンテナンスのちゃんとした家ほどいつまでもうつくしい。「捨てる」のは、暮らしをうつくしくする、メンテナンスのひとつなのだ。

「盥一杯の水」をあげるまでもなく、昔のひとが当たり前のようにやっていたことが、手に入れようと思えば何でも手に入れられる豊かな時代に生きる私たちには難しくなっている。私は、子どもの頃の自分の周りを思い出した。曾祖母、祖父母に教えられたことを思い出してみよう。質素だったかれらの生活を思い出し、そこに、「生活を楽しむ」のエッセンスをもう少し強めに加えて、「かっこいい生活」に踏み切るのに、まだ遅くはないはずだ。一度には無理だが、少しずつ、改めてみようか。

[1]その昔現国の副読本か何かで読んだ話。詳しくは忘れたが、盥一杯の水があれば、口をゆすぎ、顔を洗い、頭を清め、身を清めることができる、というもの。

#471
カテゴリ:003 小説・読み物・出版

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