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sugar pot : いい加減、目覚めなさい?

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いい加減、目覚めなさい?

2005年09月18日(日) コメント:0 トラックバック:0

「女王の教室」最終回を見た。

ある小学校の6年3組の担任教師、阿久津真矢が、これでもかと受け持ちの子ども数名を虐める(その手法は教育には見えなかった)姿に、大きな反響を呼び、スポンサー名の提示を拒む企業も出てきたり、新聞で取り上げられたり、何かと話題になったこのテレビドラマ。

毎回見ていたわけではない。特に前回と前々回を見ていないので、実は、謎解きができない。

なぜ、子どもたちはこんなに真矢が好きになった?


謎解きはできないが、そこで私は気付く。ものごとを見るのには視点があり、それが変わるとものは違って見えるものだ。

視点が変われば、辛辣な言葉は実は愛情のこもった叱咤激励の言葉になるし、虐めと思われた厳しい態度は子どものことを思う愛のムチに。成績至上主義は「今やるべきことを見つけてしっかりとやる」姿。「先生のおかげで友だちができました」と子どもたちが泣く姿を見せつけられ、阿久津真矢は良い教師だ、ということになるのか。

「寝る間を惜しんで子どもたちを見張っていたんでしょう?自分が厳しくしたせいで、こどもたちが傷ついていやしないか、無茶をしていないか、気が気でなく、何か起きたらいつでも子どもたちも守れるように見張っていた……あなたは子どもたちのことを何よりたいせつに思っている素晴らしい教師だ」

同僚教師のこの言葉、24時間子どもたちを見張るって。そりゃアンタ、ストーカーと言いはしませんか?(実際、主人公の和美が姉と出かけた動物園に真矢が姿を現したときは、驚愕を超えて恐怖を覚えた。恐らくそれは、「そのときの和美の視点」だ)。

それは、デモシカ教師という言葉すら死語になった現代で(死滅したから死語になったのではなく、常態になって久しいからと思われる)、暑苦しいと遠ざけられるであろう金八先生や熱中先生のようなタイプではなく、現代に受け入れられるタイプとして提示された熱心な教師像なのだろう。

真矢は全面的に肯定できる存在でもなければ、全面的に否定できる存在でもない。そんな曖昧な状況が、このドラマを話題作に仕立て上げた。見るひとびとの心の中に「学校教育とは?教師とは?」という問いを投げかけた。なぁなぁで済ませやすい学校の中で、格好だけの防災訓練は無駄でしかない、と管理職に楯突き、「6年3組は行事には参加しません」とさっさと退場させる真矢の正論には、頷いたひとも多いのではないか。頷いた頭を次にどう振っていいのかに困る、その展開がこれだけの視聴率となったのだろう。

そして、最終回では、視点が明らかにすり変わっている。「子どもを虐める鬼教師」から「子どものことを思って愛をもって厳しくする教師」に。子どもたちは先生と勉強したいと熱望し、真矢が居なくなっても先生の教えを守り、きっちりとした生活態度と勉強態度を保ち続けて卒業式を迎える。卒業式に合わせて校長にそっと呼ばれる真矢。その後の子どもたちの姿を見て真矢の教師としての姿を見直した教頭のはからいで、真矢と子どもたちは再会する。号泣。6年3組の卒業式。

頷いた頭をどこへもっていっていいのかが分からないのがこのドラマではなかったか?こんな安易なカタルシスで良いの?これがテレビドラマというものか?……と思いながら、セーラー服の和美の「アロハ!」と真矢の笑顔を見て、「女王の教室」はおしまい。おっと、その前に、黒いスーツに身を包んで、似非真矢化した「天童先生」に苦笑するというのも織り込まれていたか。

学園もの、学校をあつかったドラマを見て感じるのは、つくづくその時代の空気というものがあるなぁということ。真矢のことを見直した教頭が言っていた「6年3組の子どもたちは遅刻をしない。給食は残さない。掃除はきっちりとする。そして何より学習意欲がほかのクラスの子どもと格段に違う」これらは私たちが子どもの頃は当たり前のこととして学校教育の目標だった。今は違うのだろう。それをもっとも痛感しているのが、現場の、経験の長い教師だろう。

学校を卒業してもう随分経つ。教師になった同級生が教務主任をやろうかというくらいの年齢である。この年齢になって、教育の目的は、次世代の社会化、すなわち、将来その子どもが成長したときに、その社会の中で生きていく力を養うことだと考えるようになった。そう考えると、集団の中での生活習慣の確立と学習意欲を育むことが、学校教育の目的であろうと思うのだが、今の学校教育というのは何を目標にしているのだろう?(あくまでもドラマの感想として)

ところで。ドラマの内容とは関係ないが、真矢がつかっていたのがMacというのは、Macユーザの私としては勿論しっかり見ていたが、真矢の幻の卒業証書授与コール(というのだろうか)、名前を呼びながらひとりひとりデータを削除していたが、あれは明らかな儀式。先生バックアップ取ってあるでしょ、と思いながら、真矢のアパートの様子と共に、気になったのは、業務上知り得た児童生徒個人のデータを、教師がこのように個人的に保存・保管している状況。ドラマとはいえ流すのは、「個人情報保護」がうたわれる現在、「反教育的」ではないかとふと思った。

また別の話題。この記事に「検索トラックバック」がどの程度来るか。一週間この記事に届くトラックバックは送信方針を問わず削除せずにいてみる。なお、この記事はFC2ブログの

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カテゴリ:009 テレビ

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