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sugar pot : 検索トラックバッカーの心理って

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検索トラックバッカーの心理って

2005年09月16日(金) コメント:0 トラックバック:0

無断トラックバック禁止=トラバの際は挨拶を、という考えの多くは、こうした言及のない検索トラバが原因になってると思う。

これは、トラックバックについてはこれでもかというくらい言及しておられる「むだづかいにっき♂」のえっけんさんのコメントである。(「くたばれ検索トラックバッカー」のコメント欄)

検索トラックバッカーにはくたばっていただきたい、それは私も同感だ(困惑トラックバック そんなわけで検索によるトラックバックはご遠慮ください。)。でもこれ(無断トラックバック禁止は言及のない検索トラバが原因)はちょっと違うように思う。


逆の場合を考えてみる。言及があれば挨拶は要らないのか?「トラックバックが送られること=その記事にたいしての意見交換のきっかけ」とみなすひとびとは、言及の有無にはこだわっても、挨拶の有無にはこだわらないだろうと思う。自分が書いた記事が読まれているかどうか、それにたいしての意見かどうかが重要なことだからだ。トラックバックを受ける意味はそこにあると考える層には、コメントでの挨拶はたいした意味をなさない。いやむしろ、不要と考える向きも少なくはない。

このブログにもえっけんさんから突然トラックバックが届いたことがある。その記事はテーマを設けて問いかけたもの(トラックバックを要求したもの)だったから当然なのであるが、トラックバックというものはそういうものだと思う。自分の書いた記事に誰かが反応して、そのことを記事にしてトラックバックが届く。これは非常に嬉しい体験である。たとえその内容が反論であるにしても。それがブログツールのトラックバックという機能だと思っている。

いきなりのトラックバックが嫌われる・躊躇されるのは、「トラックバックが送られること=ある程度の関係性を前提とした意見交換」だと考えているからだろう。一見さんのあなたが何を私のブログ[1]にご意見申し上げてる(ママ)のですか、コメント欄で挨拶くらいしてくださいよ、となるのではないか。「知らないひとにいきなりトラックバックを送るひとはごく当たり前のことです」という記述があちこちに見られるのは、「知らないひとにいきなりトラックバックを送るのはマナー違反。コメント欄かexcerptで必ず挨拶をするのが礼儀だ」と考えるひとがそれなりの数居るということだろう。

ブログツールは個々に文章を書いているひとたちの記事と記事をつなぐ機能(トラックバック)を備えたものであるが、それを拡大解釈して「交流先にありき」だとしたら、それは残念なことである。「交流が先になければ、あるいは同時コメントでご挨拶をして道をつくらなければトラックバックを送ることも許されない」のは、トラックバックというものの機能の矮小化である。

コメントひとつ何をケチるのだと言われるかも知れないが、あるのは記事と記事であり、それをつなぐツールがトラックバックである。そこから交流が発生するかも知れないが、それは結果である。

この交流を拡大解釈してなれ合いを前提とするからこそ、キーワード検索によるトラックバック(による交流)というものが発生するのではないか。つまり「あなたも私も同じ関心を持っているわね。だからトラックバック送るわね~。」というもの。そして、それに「トラックバックありがとうございました。」というのは、そのなれ合いを許しています、という証明だ[2]

その意味で、行為は逆であるのに、トラックバックの際に挨拶をもとめる意識構造と、キーワード検索でトラックバックする意識構造は、どこか似ている。そしてそこにあるのは、「読まれる」ことよりも「アクセスする・される」「交流する」ことに主眼を置く価値観ではないか。私はアクセス数がほしいのではない。読まれたいのだよ。読んで、反応されたいのだよ、という声の対岸にある価値観だ。

ところでえっけんさんのこの記事のコメント欄でご本人がおっしゃっている

もっと検索性に優れ、質の低いトラックバックと質の高いトラックバックを簡単に見分けることの出来るトラックバックセンターができればよいのですよ。

というのはまことにそうなのであるが、その見分けをどうするのか。管理人でも置きますか?いろんな種類のトラックバックがなされる限り、質の高いトラックバックはそうでないものに埋もれてしまう。管理人の居るトラックバックセンターの実現を待つより、たまにトラックバックテーマを設けて、自分のところを良質なトラックバックセンターの巣にするほうが早そうな気がする[3]

[1]「私のブログ」ではなく「私の記事」なのであるが、恐らくこんな感じだろう。
[2]明らかな宣伝トラックバックにすらこの言葉が返されるのは本当にふしぎなのであるが。
[3]あくまでたまに。でもあまたあるブログがたまに意識的にそういうことをすれば、それはそれで面白そうだ。

2005年9月19日・こんな記事を見つけた。たしかに、「何か」が交換されているのだと感じるが、その「何か」だけがあるのにはうんざりする。

「トラバありがとうございます!」とかコメントしてる人達とお返しトラックバックをする人達、そして言及リンク無し TrackBack をする人達というのは相互に重なっていそうな雰囲気です。そういう人達のあいだでは、それが一つの経済っていうかなんていうか、何かを交換しあって何かが成立してるんだろうなぁ (ちゃんとした議論が読みたい…)。闇雲:「言及リンクのない TrackbBack を弾くプラグイン」導入

議論がしたいんじゃない、ただ交流したいんです、という声も聞こえてくる。その声に耳を傾けないわけではないが、「最初に交流ありき」をブログの常識とばかりに敷衍するのは御免である。

#416
カテゴリ:101 インターネット(www)

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