大人としての心意気
月蝕さんが、小学校2年生のお子さんに初めてパソコンを触らせた、と書いておられる。小学校低学年の子どもにパソコンを触らせるなら、このくらいで良いだろうと、「子どもとインターネット」について書いてきた私も同意する内容。是非ご一読いただきたい。Sun & Moon for Mac「子どもとマシン」
同意するだけなら、コメントで良いのだが、是非取り上げたいと思ったのは次の部分(強調はsugarによる)。
時々、子供があっという間に色々と覚えてしまって、親の知識を越えてしまい、もう親にも子供が何をしているのかわからなくなったという話を聞く。
我が子が、現在の私や伴侶の知識を越えるには、まだ相当年が必要であろうし、私もそう簡単に追いつかせる気はない。
ハード、ソフト、ネットマナーからサイト運営、あるいはプログラムまで、少なくとも、子供がやりそうな可能性のあることについて、もう子供の自主性に任せて大丈夫と言えるようになるまでは、絶対に追いつかせるものか(笑)
それまでは、親の言うことは聞け、知りもしない癖に興味本位で無責任、無防備なことはするな!と威張って言えるように。
昔の大人はこうだったと思う。親だけでなく、大人として、子どもが自立するまでは、自分の子どもであろうがよその子どもであろうがあくまでも厳しく、言葉は悪いが威張り散らし、子どもが自立した後は干渉せず、老いては子に従え。
今の大人は難しい。大人の守備範囲と、子どもの守備範囲が大きく異なる場合も少なくはない。月蝕さんのようにサイト運営、あるいはプログラムまで
絶対に追いつかせるものか
と言えるひとはそう多くはないだろう。月蝕さんの守備範囲が、この分野だからこその発言であるが、しかしそれでも、この心意気は大人として正しいと思う。
それまでは、親の言うことは聞け、知りもしない癖に興味本位で無責任、無防備なことはするな!と威張って言えるように。
威張り散らすには、自らにも厳しくなければならないから、結構大変だ。でも、これが子どもに親(大人)の背中を見せることなんだろうな、と思う。PCスキルにかかわらず、どんな分野であれ、ひとつふたつ、子どもに見せられる背中を持つこと。絶対に追いつかせるものか
というその発言に、小気味のよい正しい大人の姿を見た気がした。
傍観者ではなく、大人という当事者として、私も、そういう大人でありたい。

















パソコンを教えられる教師
ひるがえって、今、ここに言われたように、「わが子に、パソコンやインターネットについて、環境を整えられたり、教えることができたりする親(保護者)」はどのくらいいるのでしょうか? 能力や、親が子どもの余暇につきあってやれる時間的なゆとりを含めて。
学校でIT教育が必要か? という話との関わりも出てくるのでしょうけれで、「情報弱者」という言葉にでくわしてしまうと、自分が使えない親こそ「ぜひ学校でわが子に教えてやって」と思い、自分がそこそこかかわっていたり、あるいはハマっていたりすると(笑)、「やたらなことは教えないで」と思うものかもしれないと、考えたりもしました。