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sugar pot : 【インターネットと子ども】「次の世代を育てるために」大人が知らなければならないことは何か?

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【インターネットと子ども】「次の世代を育てるために」大人が知らなければならないことは何か?

2005年07月08日(金) コメント:2 トラックバック:1

Straul/Reeperさんのところで数日前こんな記事を読んだ。「もう『知らない』では済まされない」

「生活にネットが必要不可欠となってしまった世代」の保護者である私たちも、「知らない」では済まされない事態になってきていると思う。

今子どもたちがインターネット(携帯電話含む)を手にして、どういうことが起きているか、が書かれている。ご一読いただきたい。

それから2日後のさっき、ネット上をクリッククリック[1] していたら、このページに行き当たった。[事件簿](中略)「いまどきの小学生インターネット事情」[2]

締めくくりにはこう書いてある。

これだけネットが普及したなかで、一部の大人たちが叫んでいる「ネット禁止令」はナンセンスというか、むしろ逆効果だろう。大切なのは、身近な大人がネットの知識や技術、マナーなどを学び、それを子供たちに伝えてあげることだ。

たしかに現実、すべてを禁止することはできない。が、「そういう時代だから」と闇雲に与えるのではなく、節度をもった使い方ができるように与えること自体をまずコントロールすることも必要なのではないか。

「今の子はパソコンくらい使えないと」「みんな携帯持ってるから」と言って与える必要はない。どういう使い方をさせたいか、それが見えて初めて、与えることを考えるくらいが良いのではないか。その年頃は、おそらく、もう大人とそれなりの話ができる年齢であろうから(私はそれ以下の年齢は想定できない)、「節度をもった使い方とは何か」「ハマってしまったらどう対処すれば良いか」など、子どもと保護者で話もできる[3]だろう。

そういう意味で、「知らなければならないこと」は多い。「パソコンソフトの使い方を知らなければいけない」という意味ではない。「インターネットというツールをどのように使うか、その使い方」を知る必要があるということだ。そういう風に読んでいる保護者は、どのくらい居るだろうか。ふと気になった。

そして、大事なのは、やはり、インターネット(正確にはwww)はツールであって、それ以上でもそれ以下でもないということ。インターネットというツールを得て、いじめも、今まで以上に見えにくくなったかもしれない(Straul/Reeperさんのおっしゃるように、「知らない」では済まされない。)が、それは、そのツールの使い方が悪いからだ。インターネットのせいではない。インターネットがあるからといって、みんなが自殺サイトにアクセスし集団自殺をしたり、みんなが未成年保護育成条例に抵触するような画像を交換しているわけではない。要は「モラル」が育っているかどうか、だろう。

たしかに、インターネットというツールは、「モラル」を見失いやすい条件を備えている。だからこそのリテラシー教育だという話なのだろうが、やはり、もっと根っこをしっかりさせることしか、この問題には対処できないと思う。

インターネットだけをコントロールしても意味がないし、そのほか、すべてのことを大人の管理下に置くことは、根本的な解決にはならない。逆に子どもを抑圧し不自由にする原因となり、鬱屈したものがはいつかどこかに流れるだろう。それよりも、子どもの「モラル」を育てることで、子ども自身が、このあふれるような情報ー良いものも悪いものも一緒くたになった混沌とした情報の渦ーの中で、どう行動していくかを選び取れるようにしていく。それが子どもー次の世代ーを育てるということではないか。

「モラル」を育てる、つまり「その行為はひとしてどうか」ということを自らに問えるだけのものを子どもの中に育てること。今、子どもたちは日々のルーチンワークやカリキュラムをこなすのに精一杯で、家庭でも、学校でも、そういうことを考える機会が、少なくなっているように思うのは気のせいだろうか。必要以上に清廉潔白な社会をつくる必要はないだろうが、理想を失った社会は混迷するだけだ。「ひととしてどうだろうか」そういう問いを内包した社会をつくること(要は大人がそれをやっているかどうか)、それが私たち大人の課題[4]なのではないか。

  1. 「ネットサーフィン」は死語のようなのだが何かいい言葉はないものか。本文に戻る
  2. (中略)にしたのは敢えてセンセーショナルに枕詞を付ける必要があるかどうか疑問だから。本文に戻る
  3. 対話の方法について、目新しいことはない。子どもと良い関係をそれまでに築くことが大事。それにはインターネットが障壁になることすらある。本文に戻る
  4. 言わずもがなのようなことでもあるが。そういう自らに理想はあるだろうか。本文に戻る

#247
カテゴリ:011 子ども

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コメント(-2件)

Strahl/Reeper:トラバありがとうございますm(__)m

相変わらず、私の稚拙な文章を綺麗にまとめてくださって感謝ですm(__)m
折角のネットという新世界に芽吹いた「可能性」を、子どもが危険だからと言って先に親が摘んでしまうのはどうかとも思いますが、私ら親としては、結局子どもを守る(のに楽であろう)観点から、子どものネット使用を制限せざるを得ないでしょうね・・・
さて、最近「ネットサーフィン」に変わって「ウェブブラウズ」と私は呼んでいますが、あまり「たどり着く」というイメージはこの言葉からは湧いて来ませんね(^^;

  • 2005年07月08日(金)18:00:09
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sugar:子どもの敵

子育て自体は昔となんら変わってないし、変わるものでもないと考えます。
ただ、子どもを取り巻く環境が違ってきているので(子どもの敵になるような大人の絶対数が増えたことは間違いないでしょう)、それへの対処はしなくてはならない。
だからといって管理=子どもを護ることではないというのは、昨今の「ランドセルにGPSのニュース」に触れても思うのです。管理しまくられた子どもに活力は生まれるか。管理しまくられた子どもに息抜きできる場所はあるのか。そう考えると、何でも親の管理下に置くことが、子どものためになるとは思えません。
今は非常に難しい時代ですよね。保護者を始めとした大人がしなくてはならないのは、自らも含めて、「子どもの敵ではない大人」をいかに増やすか、というような気がしてきました。
援助交際という名で、児童買春をする大人から、いじめられているかもしれない子どもを見て見ぬふりをする大人まで、子どもの敵です。
こんなことを言いながら、私も、子どもの敵になっているかもしれません。次の世代を育てる世代として、成人したひととして、せめて敵になるまい、敵を増やすまい、と思います・・・。

  • 2005年07月08日(金)18:53:15
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インターネット教育

【インターネットと子ども】「次の世代を育てるために」大人が知らなければならないことは何か? by sugar pot様この記事を読んで、私も考えた。いや、以前より、いずれ我が子もマシンや携帯を通してインターネットに繋がるであろうし、それについてどう教育したものかとは

  • 2005年07月29日(金)17:11:38
  • from Sun&Moon for Mac

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