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sugar pot : 他人の暴露話は一過性

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他人の暴露話は一過性

2005年06月30日(木) コメント:2 トラックバック:1

関連記事:
子どものデータは親のものか?誰にでもできる、ステキなブログのつくりかた


徳保隆夫さんの備忘録『他人の暴露話は大好きなのに』に呼応してみる。親によって情報を公開されてきた子どもについて、徳保さんはこうおっしゃっている。

それで不幸になった人がいないとは申しません。けれども、多くの場合、大した問題にならないから、親が子のことを赤裸々に綴った文章が連綿と書き継がれ、ひとつのジャンルをなしてきたのでした。西原理恵子「毎日かあさん」もひどいし、柳美里の本だって天変地異論者が読んだら卒倒しかねない。室井佑月「子作り爆裂伝」もとんでもない内容です。

作家や芸能人となると急に他人事になってしまい、情報消費者としての視点からしかモノを見れなくなる人が多い。若い女の子が顔写真を1枚載せただけで大騒ぎ、とかですね、ときどきそういう方がいらっしゃるのですが、だったら眞鍋かをりさんとか、「どうやって生きているんだ?」と考えたことはないのでしょうか。用心深いのは結構ですが、恐怖に支配されて現実を見失ってしまうのは、いかがなものかと思います。(同記事より)

大騒ぎしている中に居る私としては、受け止めてもらいたい部分が違うなぁというのが第一の感想。

もちろん、あの「とある かぞく」はかなり誇張されたものであるけれど。要は程度の問題(徳保さん)。それもある。よそさまのお子さんの写真が一枚載ったからと言って、さほど大騒ぎすることもないかもしれない(多くのひとはスルーするだろう。「かわいいな」「親バカだな」程度だろう)。が、そのことの意味は、決して小さくはない。やはり、時空を超えてデジタルデータとして存在することは、子どもにしてみたら迷惑な話ではないのか。

(1)出版物とブログの違い
出版物が読者の手元に届くまでには、それなりの時間と手間が存在する。原稿を書き、編集者の目が入り、校正し、印刷所に回って、印刷され製本され、流通に乗り、ようやく読者が手にすることができる。その過程で、書き手は冷静になるチャンスがいくつもある。また、「これは出版するものだ」という意識が常にある。また、版を重ねることはあるかもしれないが、一過性で消えていく出版物も少なくはない。

そこでされる暴露話と、簡便にデジタルデータとして公開できる育児ブログというものに載せられている日記と一緒くたにはできない。

※ただ、逆に、ブログであるからこそ、加筆修正しやすい。この利点は大いに活かされるべきである。

(2)テキストデータと画像データの違い
画像は一瞬でアイキャッチしてしまう。テキストデータの場合、ある程度腰を落ち着けて読まないと話が分からないが、画像は一発でそれと分かってしまう。例に上げられた眞鍋かをりさんは、見られてナンボというお仕事をしているひとである。公開することはどういうことかをそれまでの芸能活動で充分ご存知でもある。こういうひとと、そうでないひとを混同できない。

(3)読まれたい見られたいと思っている程度の差
(2)にも書いたが、多くの育児ブログの運営者は、眞鍋かをりさんになりたいとは思ってはおられないと思う。しょねろぐ。のsho49ccさんが「育児ブログとは」書いておられるように、

もし、自分の育児ブログがサーチエンジンなどで無差別にリンクされることがなく、子供がいるorできる予定の人といった情報に興味がある人にだけオープンであるとしたら、あなたは育児ブログを書きますか?

これならみんな書きたいでしょ?なんか問題がわかってきた。情報を発信したいんだけど、無差別に発信したいんじゃないってことなんじゃないかなあ?興味の無い人にまで見られてしまうのが問題なんじゃないかなあ?だとしたら…

多くの育児ブログ運営者は、見られる対象を自分のコントロール下に置きたいと考えているのではないか。子どものことなど考えもしないひとに自分の子どもの顔写真を公開しようとは考えていないのだ。たまたま、見てもスルーされるから気になっていないだけなのだ。
そして私が問題にしたひとつは、まさにここ。気になっていない。知らない。気付いていない。だけで、見られている(見られていないかもしれない)ことをもう少し意識してはいかがでしょうか、ということである。

暴露話が面白いのは、それがある程度普遍化されているからである。面白くない暴露話は淘汰される。タレントや著作家の暴露本が面白いのは、脚色されているからである。嘘だと言うのではない。上手な演出と言った方が良いか。あらかじめ読まれる見られることをしっかり意識されたものであるから、面白いのである。

最後に、子どものデータは親のものなのか。やはり私には、そこが一番気になる。子どもとかかわりのある身近な人に近況を報告するときとは、おのずと違った書き方であってほしいと思うのだがいかが。
< div class="ad_right">⇒⇒⇒⇒⇒子どものデータは親のものか?

【老婆心シリーズ】を読む
#209
カテゴリ:101 インターネット(www)

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コメント(-2件)

101:無題

こんにちは101です。
思いっきり耳の痛いエントリーです(笑)
僕の場合は(善し悪しは別にして)、自分の生活の一部をオンラインで公開しています。その中で子供を含めた家族の記述や写真があるのは当然だと感じています。もちろん、デジタルデータの素晴らしい点とやっかいな点も承知しているつもりです。インターネットの影響力も分かっているつもりです。そういった中で、家族の写真を公開したり文章を寄せることが普通にできるようになればいいなと思っていたりもします。

  • 2005年07月01日(金)08:07:35
  • URL
sugar:子どもの表情

こんにちは、101さん。
私も段々問題が整理できてきたように思います。ご自身は承知で公開されるのは構わないと思うのですが、子どもは公開を望んでいるのかそこが問題じゃないかな、と。今日の記事に書いたので、併せてご一読いただけると幸いです。
http://bittersweetdreams.blog9.fc2.com/blog-entry-212.html#212
お子さん可愛いですね。顔簿焼けさせちゃうと、折角の表情とか、隠れちゃうから、このまま載せたくなるのも無理もないんですけどね。子どもの表情って、ほんと、いい。

  • 2005年07月01日(金)10:20:14
  • URL
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子どものデータは親のものか?

徳保さんが素早く反応してこられた。子どもの写真をウェブに公開すると誘拐される?まず最初に。「暴露話は一過性」ではないとのご指摘であるが、地元で噂話が延々と語られるのはよくあること。「中嶋家の人々が日々接する地元民たちは、けっこうしぶとくいろんなことを覚えて

  • 2005年07月01日(金)10:09:18
  • from sugar pot

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