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sugar pot : トラックバックって、どうして一方通行なのか?

ほろ苦い夢のかけらのおすそわけ

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トラックバックって、どうして一方通行なのか?

2005年06月08日(水) コメント:7 トラックバック:1

こどものもうそうで、米光さんが問うている。
なんで、トラックバックって一方通行なんだろう?
何か理由があるんだろうか?
何か理由がないと、わざわざ一方通行にしないと思うのだが(相互通行にするほうが自然な発想だと思うのな)。
トラックバックについては今年の3月と、ここを始めた5月に、あれやこれや読みあさって、いろんな考え方があることを学んだ。本当に、ひとによって大違いなのだ。そして、多くの人が「こだわり」を見せている。私もこだわっているひとりである。たかがトラックバック、されどトラックバックなのである。

なぜ「こだわり」を見せるひとたちが居るかというと、トラックバックが「相手の意向などおかまいなしに投げつけられ、一旦は受け取らされるボール」だからである。いや、トラックバックを受けることは選択したはずだから、そこで意向ははっきりしているので、「好みに関わらず」と言い換えた方がより正確か。好みでないものを受け取らされることもあるからこそ、ひとはトラックバックにたいしていろんなこだわりを持つようになる。もちろん、「こうであってほしい」「こうしてほしい」「こうでなくてはならない」、ひとによってその許容度はさまざまだ。(私のトラックバックに関するこだわりは、またいずれどこかに小さく書いておきたいと思うー実は以前長々と書いたが、すべてが2人の方のブログに集約されていて、お蔵に入った。→参考ブログの☆)

そしてひとをこだわらせるもののひとつに、「一方通行のトラックバック」というのがある。これが不安定感の原因だったりする。

絵文録ことのはによれば、トラックバックの開発者は2つの使い方を想定したそうだ。
【1】こちらからあなたの記事を参考にして新しい記事を書いたので、お知らせしますね、という使い方。
【2】あなたが記事で書いている内容と関連する他の記事があるので、お知らせしますね、という使い方。
【2】にたいしては、どう関わっていいのか、なぜわざわざ知らせてくれたの?と最初は少し不安定な気持ちになっていた。きっとそういう関わり方もあるのだと、ブログを少し続けたら思うようになった。つまり、トラックバック先を見て自分の文章に関して何の言及もない場合(そもそもそれをめること自体、傲慢かもしれない)、そのトラックバックは「同じ話題に興味を持った者同士、存在を確認しませんか?私のブログ上で話をしませんか?」というお誘いのようなものだと(単なる自己顕示、自己宣伝ばかりでないと好意的に解釈しよう)。応じるかどうかは管理人である私の判断に任されている。 (※28時の刹那主義で、ウェブリング的トラックバックという表現があり、なるほどなと思った。お誘いまでは行かない、お仲間意識のラベリングか。

では、なぜそのような一方通行が許されているのか?ひとつの仮説を立ててみる。

米光さんは「相互通行にする方が自然な発想だと思う」と言う。私もそう思う。しかし、ともすれば濃厚になりがちなBBSに似たコメントという関わりでなく、もう少し希薄な関わりを求めたひとたちが居るのではないだろうか。

これだけトラックバックについて物議を醸すのであるから、この、一方通行のボールの受け渡しを可能にしたトラックバックという機能は、従来のコミュニケーションのあり方を問うたとも言える。それが良いかどうかは分からない。私のように不安定感を抱く者も少なくない。トラックバックスパムという副産物も生んだ。

この一方通行のトラックバック、従来のネットでの濃厚なコミュニケーションへのアンチテーゼととらえられないこともない。私は従来型の価値観の持ち主なので、「自然」なコミュニケーションを望むが、もはや、別の距離の取り方が模索されているのかもしれないなと、トラックバックについて調べながら、少し無理矢理ではあるが、感じていた。

(私はよくあるネットも現実の社会もまったく同じと見る見方には違和感を覚える。もちろん最低限のモラルなどは存在するが、ネットならではの価値観やコミュニケーションの取り方を否定するものではないと思っている。そしてそれが現実社会に波及していくのもひとつの流れであり、それをどう受け入れ、容認していくか、すり合わせて行くか、既にその段階に来ていると思っている。)

ただ、すり合わせた結果は、米光さんの言う「自然」な方向、程よい距離感を保った関係性に向かうのではないかと私はおめでたく楽観視している。

トラックバックする相手のもとの記事とそれを公開してくれた筆者、そのブログを読んでいるひとたちを尊重し、敬意を払うことが、コミュニケーションの基礎だからである。これを否定しては、ネット社会も成り立たない。(便所の落書きと評された巨大掲示板もまた、独自のルールと雰囲気で、それを維持している。)

必ず相互リンクになるというのではなく、緩やかなトラックバックという機能を通して、ひととひととのやり取りが生まれていく。関わりができていく。シャイなひとは一方通行でもいいじゃない。でも、もう少し近くから(この場合の遠近は心理的な距離である)トラックバックしてみると、もっと面白いやり取りができるかもよ。そんな様子が見えていれば、いいんじゃないかな。

最後に、私がブログツールにほしい機能をあげておく。
  1. いますぐではないがトラックバックしたいページを簡易ブックマークしておく機能
  2. トラックバックにコメントを附する機能
  3. 自らがトラックバックandコメントしたブログの一覧を表示する機能
とくに2.と3.がほしい。投げたボール、投げられたボールをたいせつにするために。

この件に関して読んだブログ(すべて別ウインドウが開きます)
☆誰のためのトラックバックか(米国過激団(元)
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コメント(-7件)

かっぱ:

ぢつは、わたくしトラックバックの使い方がいまだによくわかりません。ついでにいうと、RSSもどうもピンときません。日本のblogって、実は単に日記サイトなんじゃないかというのが素朴な感想。

  • 2005年06月09日(木)06:46:00
  • URL
  • 編集
楽俊:

おいらとしては相互リンクになるトラックバックが欲しいです。もちろん選択出来る形で。たまにトラックバックする時にやっぱりスパムととられるのが嫌で躊躇してしまいますし。おいらは最近、トラックバックバンクみたいなところしかしないようにしています。

  • 2005年06月09日(木)20:57:34
  • URL
sugar:

>かっぱさん
>日本のblogって、実は単に日記サイトなんじゃないかというのが素朴な感想。
歴史もありますしね。
本家アメリカではそもそも日記を公開で書くというようなことがなかったので、ホームページの勘弁なかたちとしてブログが大流行りしたということらしいですが。
日本の場合、私小説の流れでしょうか、既に日記を公開するというのが当たり前のように行われていて、かなり成熟していたので、blogというものの色合い、たしかに違うようにも感じます。すべてがすべてではないですが。
まぁ、一般の人たちが発信できる情報など、そう多くあるはずもなく、何かにたいしての感想だったり、個人的な体験の報告だったりするのは無理もない話だとは思います(それはアメリカだって同じことでしょう)。
自分で何かを公にしたいときにはマスメディアに投稿して採用してもらうか、ミニコミ紙を自分で発行するしかなかった時代を考えると、大きく変わったものだなぁと思います。私たちがパソコン通信で知り合った頃はちょうどミニFM局ブームだったと思いますが、それももう遥か昔、今は個人でネットラジオが簡単にできてしまいます。
この手のことを書くと、「ミニコミ」って何?と尋ねられることも多いです。「ミニコミ」という概念自体、個人が発信できる手段が身近にある現在、過去のものなのですね。
「訴えたいことがあるから手段を模索する」時代と違い、「手段があるし、何か書いてみようかな」というのが今だとすると、多くのblogが日記であるのは自然な流れかもしれません。

  • 2005年06月10日(金)01:10:30
  • URL
  • 編集
sugar:

>楽俊さん
トラックバックセンター的なところにしかトラックバックしないのですか?
それは勿体ないような・・・
おっしゃっていることはよくわかります。まったく知らない方の記事にトラックバックして、良いものだろうか、と私もおそるおそるです。
でも、トラックバックの受信自体、選択ができるわけですから、積極的にトラックバックして、どんどん話題を広げていった方がトラックバックの機能を充分に活用することになりますし、トラックバックという概念自体を成長させることになるとは思いませんか?
まだまだこれ自体が新しい概念で(私も正確に理解しているかどうかは分かりません)、blogを始めたひとたちが模索しているような状況だと思います。個人的にも、傍若無人なトラックバックを送っていることもあるかもしれません。そういうのをお互いに指摘することもあっていいのではないかと思っています(ご指摘ください、皆さま)。
みんなで育てることができる・育ち合うことができるのが、ネットの良いところだと思っています(ダメにするのも簡単ですけれどね(^^;)。甘ったるい幻想でしょうか?

  • 2005年06月10日(金)01:16:02
  • URL
  • 編集
楽俊:確かに

トラックバックは選択できる。
根本的なところを忘れていました。これからまたTBチャレンジしていきます。
新しいものはどうしてもバランスの取れていない秩序?のようなものが存在しますが、時間とともに整えられてきましたからブログもそうなると、おいらは思います。
sugarさんの甘ったるい幻想はおいらも好きですよ。

  • 2005年06月12日(日)02:35:09
  • URL
sugar:>おいらも好きですよ。

ありがとう!
(とここで親指を上に向けて立てる)
甘ったるいと思いながらも、捨て切れない幻想です。いや、幻想ではなく、現実だと、思えるときもままあるし;-)

  • 2005年06月12日(日)03:44:45
  • URL
  • 編集
かっぱ:メディア

大学にはいったころ、別冊宝島の「メディアの作り方」が新鮮でしたけど、もういま同人誌作ろうなんておもったら、自宅のPCでちゃちゃっとつくれちゃうもんね。
ミニコミかマスコミかという定義も、いまは曖昧かもしれないし。時代がかっていうと、権力によるメディアの独占なんてものは半分は虚構だったとわかったわけですよ。半分はそもそも発信すべき情報がないんだから。
つーことを考えると、一部で「Blogがコミュニケーションを変える」なんつー、売り文句がやけに空虚に思えるわたくしです。

  • 2005年06月12日(日)13:11:48
  • URL
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たかがトラックバック。されどトラックバック。

私の記事にあるトラックバックが来ました。その記事→こちら

  • 2006年05月30日(火)10:15:48
  • from h_m blog

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